一子相伝
本葛づくり職人として
190有余年の伝統を受け継ぐ
十代目 髙木 久助
廣久葛本舗は、江戸時代の文政2年(1819)に創業し、まもなく創業200年を迎えます。初代久助が、紀州保田村で修行を積んで習得した本葛づくりの極意は、一子相伝をもって10代目の私まで代々受け継いでまいりました。当家では、家業を継ぐと戸籍の名前が久助に変わり、わたしは46歳のときに10代目久助を襲名いたしました。
初代は廣田屋久兵衛ですが、なぜ代々の当主を久助と呼ぶようになったのか、ずっと不思議に思っていたのですが、秋月藩8代藩主長舒公の叔父である上杉鷹山公が領民に向かって呼びかけたという「自助」「互助」「扶助」の「三助の精神」の話を聞いたとき、思い当たることがありました。
当時、髙木家の長男は殿様の側近として仕えていて、廣田屋(廣久葛本舗の前身)にはいろいろな情報が入っていたそうです。髙木家には代々家訓のような言い伝えがありまして、私も小さい頃よく聞かされていて、それがまさしく自助、互助、扶助の精神を持って家を守れというもので、その教えもおそらく長男からの話として持ち込まれたかも知れないとすれば、初代の久兵衛は、この家訓を代々忘れることのないようにと、そこから一文字をいただいて「久助」という名前を代々受け継ぐことにしたのだろうと思えばロマンを感じます。
生活そのものが本葛づくりを中心とする家に長男として生まれた私は、幼い頃から仕事場にも出入りし、そこの匂いや音や職人の仕草や息遣い、本葛ができ上がるまでの工程や時間の流れなどを無意識のうちに吸収し、記憶の中に刷り込まれてきました。とくに本葛づくりに欠かせない寒のしまる冬の空気の冷たさがどんなものか、秋月の気候と風土は子供頃より肌に染みついています。
元から本葛づくりのマニュアルなどありませんので、後を継ぐ私は先代の9代目久助の一挙手一投足を間近にしながら技術を学び、また、本葛づくりを中心とする生活の中で自ずと養われたものづくりの勘や感性を身につけることができたのだと思います。
原料の葛根は、自然の中に自生しているため状態が一本一本違います。よって原料を一括りに考えることはできません。さらに加工するときの気温や湿度の変化によっても作業の進め方を変えることもあります。そういった一律のデータ管理が難しい微妙な部分を肌身で感じ取ることができなければ質のいい本葛はできません。昔も今も、経験に基づいて勘や感性を働かせるほかなく、一子相伝というのは技術以上にそういったものづくりの極意を継承することでもあると思っています。
今後は、葛のワークショップなどを通して、葛料理や健康に関する使い方などを広く知らせていくと同時に、世界無形文化遺産に認定された和食に関心をもつ外国の料理人にも久助葛の品質を伝えて行きたいと思います。
<良い本葛(本くず粉)をつくるための4条件>
1、安心して食べられること
2、ごまかしのないこと
3、味の良いこと
4、品質に応じた妥当な価格
<良い本葛(本くず粉)をつくるための4原則>
1、原料の厳選・天然純国産本葛(本くず粉)100%の純粋性の追求
2、加工段階での純正・出来うる限り伝統的製法にこだわり、
手抜きをせず(手間を惜しまず)時間をかけて本葛(本くず粉)作りをしております。
3、良い本葛(本くず粉)作りに一徹で時代の変化にもぶれない企業姿勢
4、常に消費者の皆様の声に耳を傾け、末永く信頼関係を築いてまいります。
十代目・髙木久助は、
本物の食を追求する2つの
全国組織に所属し、広く活動しています。
会長 髙木久助
原料の厳選からポスト・ハーベストが含まれる原料や
遺伝子組み換え原料は使用しない、加工段階の純正
などの原則に則り、安心・安全でごまかしがなく、
美味しくて品質に応じた妥当な価格の
良い食品を作っていくという
有志による全国組織。
「いのちのスープ」で有名な・・・
最高顧問 辰巳芳子先生
「食文化はあらゆる文化の母胎である。
正しくととのえられた食物は、人をして人たらしめる」
「かならず生命を守りうる食材を、
次の世代におくってゆきたい」
という辰巳先生の意志に賛同する方々による組織。